五浪丸 The final challenge

五浪丸の113回医師国家試験への軌跡

小さな女の子

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小さな女の子

「ねぇ、うんちしてるの?」

背中にまだ真新しいランドセルを背負う女の子が

屈託の無い笑顔で僕に問うた。

 

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飼い犬のセバと一緒に夕刻の散歩にしゃれこむのが

僕の日課となっている。

その日も変わらずてくてくと1人と1匹で散歩をしていた。

セバがいつものお決まりの場所で

「うんちんぐスタイル」の構えを見せたので

僕は阿吽の呼吸でビニル袋とトイレットペーパーを取り出す。

そんな折かけられた言葉が冒頭の

「ねぇ、うんちしてるの?」である。

セバは既にお尻に全集中力を注ぎ

今まさに、と言った所であったが

見知らぬ女の子の熱視線に気づき

「!!!」みたいな戸惑いを見せたあと

スッと立ち上がり少しおしりをひくつかせながら

まだ大丈夫なフリをしてすたすたと歩き出した。

 

僕は女の子に先ほどの「ねぇ、うんちしてるの?」の問いに対し答えた。

「そう。うちの犬、うんちしてたんだよー。

でも君もおトイレを見られたら恥ずかしいでしょ?」

「うん、恥ずかしい。」彼女は首を縦に振って笑った。

「でしょー。多分ね、うちの犬も恥ずかしくなって

途中でおトイレするのを止めたんじゃないかな。

人間も動物も恥ずかしいのは一緒なのかな。なんだか面白いね。」

僕が彼女に言った。

「あー!そっか。じゃあ、うんちの時はあんまりじーっと

見ないようにする!じゃあまたね。」

ひらひらとこちらに手を振ってその子は駆けていく。

駆けていったその先には、母親らしき女性が一人。

 

「わんちゃん見てきたー!」とさっきの子どもが母親らしき女性に言う。

「そうなの。どんなお話してきたの?」

「うんちしてるとこを見られたら恥ずかしい?」

ってあの人に聞かれた。

笑顔と共に指すその女の子の指は

僕の方をまっすぐ向いている。

え、ちょっwwwwwwwwwww

敢えて伝えるのそこ?wwwwww

そこだけかいつまんで話したら

僕はまごうことなき変態じゃあないか。

子どもの「場面と言葉のチョイス」に

一定のセンスを感じはするが、僕は焦った。

 

小児科でも同じだが、子どもは言葉足らずな事が多い。

病気をして病院に来る子どもたちは自分の不調を

「いつから、どこが、どのように」辛いのかを

具体的に伝えるのが苦手な事が多い。

なので医療者側の方が周囲で見守る親御さんや

保護者とのコミュニケーションをしっかりとっていないと

判断に間違いが生じる。

いつだって、子どもとの信頼関係と同じくらい

親御さんとの信頼関係も大切にしなければならない。

しかしこれは医療現場の事だけではなく

このような犬の散歩の場面でも同様だと感じた。

親御さんが近くにいようが遠くにいようが

不審がられないような態度や言動に努め

できれば会釈くらいの挨拶を交わしていれば良かったのかも知れない。

頭の中でぐるぐるぐるぐるとそんな事が駆け巡っていた。

幸い、この親御さんは僕と女の子との会話や様子を

見てくれていたようで事なきを得たが、こんなご時世である。

一瞬肝を冷やしたのは言うまでも無い。

 

最近の小学生は「知らない人と話さないように」と

学校で徹底されているらしいので

あの女の子は、かなり人なつっこい方なのかも知れない。

そのコミュ力と動物好きを発揮して

これからも元気で優しい子に育って欲しいなと

セバと一緒に歩きながら一人考えていた。

 

少し早くなった日の入りの時間。

うろこ雲がちらほら見える大阪の空。

秋の気配を感じるある日の散歩道のおはなし。